獨逸農事圖解コレクション

獨逸農事圖解コレクション

獨逸農事圖解(どいつのうじずかい)

獨逸農事圖解は、「日本の博物館の父」と称される田中芳男が、1873(明治6)年に開催された墺国博覧会(オーストリア・ウィーン万国博覧会)に出張した際に、独国(ドイツ)の農業関係の資料を収集し、農林水産省外部リンク の前身の勧業寮(かんぎょうりょう)において、いわゆる「お雇い外国人教師」のオランダ人ファン・カステール(Van Casteel)に訳させ、平野栄と鳴門義民が校正した農業技術解説集です

中央に配置されている絵図は、描かれている人物・建物・風景などから、原図を模写したものと思われ、当時のドイツの農民生活を垣間見ることができます

東京大学農学部外部リンク の前身の内務省農事修学場は、勧業寮所管で設置されていた内藤新宿試験場(現在の新宿御苑外部リンク )内に、1874(明治7)年に設置されました。農事修学場は、1877(明治10)年に農学校に改称され、現在の東大駒場キャンパス外部リンク 一帯にあたる駒場野に移転し、1882(明治15)年には札幌農学校(北海道大学農学部外部リンク の前身)と明確に区別するために、駒場農学校に改称されました

クラーク博士(William Smith Clark,“Boys, be ambitious”の名言の主)に代表されるように、札幌農学校では主に米国式の農業教育がなされたのに対し、駒場農学校では当初は英国式でしたが、間もなくケルネル博士(Oskar Kellner,ケンネルとも称される。日本で初めて化学肥料を試用した水田である「ケルネル田んぼ(現在の目黒区立駒場野公園外部リンク 内)」に名を残す)に代表されるように、主にドイツ式の農業教育がなされるようになり、獨逸農事圖解は、内國勸業博覽會(ないこくかんぎょうはくらんかい)などで展示されると同時に、駒場農学校や後身の東京帝国大学農科大学などにおける教科書的な役割も担ったものと思われます

本編30巻に加えて別巻1の全31巻から成り、各巻は、外袋が付いたA1より一回り小さいサイズの1枚紙でできています

コレクションの紹介(一部)

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第十四 「田圃耕作法」 第廿二 「庖厨料理法」

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