当機構について

機構長から

メッセージ

生態調和農学機構は、いくつかの附属施設を統合し、2010年に設置された東京大学大学院 農学生命科学研究科の附属施設です。現代の農学には、単に食料生産や物質生産の効率化のみでなく、地域環境や生態系への負担を最小限にすることで地球環境の改善へ貢献し、かつ私たち人類の生存を持続的に保証するための研究が求められています。「学問」というものは発展とともに細分化してゆくものですが、「農学」においては各専門分野の深化と同時に、分野間の連携による知識の統合が必要です。例えば、従来の分子遺伝学的研究は、実験室の人工的な安定環境下で得られたデータでの研究が主流でしたが、数年前より、野外での変動する自然環境下での遺伝子の働きに目を向けた、より実学的な研究のステージに進みつつあります。また、ドローン・UAV等によって撮影された水田や畑の画像データを用いた農学研究も盛んにおこなわれ始めています。日本に広く見られる里地や里山では、草地、林地、水系を含めた総合的な生態系管理が持続的な農業生産を支えてきました。20世紀に開発された農業技術は、人口増を支える食料や資材の効率的な生産に貢献しましたが、環境への負荷をもたらしました。2011年に発生した東日本大震災と原発事故によって、広大な農地が使えない状態も発生してしまいました。いまこそ、「農学」の知恵を集め、生態系と調和した持続的な生産システムを再構築しなければなりません。当機構は、耕地(畑地、水田、樹園地)、緑地、林地を包含する「フィールド」としての特性を活用し、生物学、化学、工学、情報科学、社会科学などのあらゆる手法を用いて、農学における統合的な教育・研究を実践しようとしています。


当機構がある田無キャンパスは、田無演習林を含めて30ヘクタール以上の面積に耕地、林地、温室、見本園などが配置されています。いうまでもなく、農学は現場の科学であり、耕地などがなければ教育も研究もできません。しかし、文京区の東京大学メインキャンパスには、十分な耕地や林地を確保できていないため、田無キャンパスは、東京大学大学院農学生命科学研究科・東京大学農学部の貴重な教育・研究の場となっています。田無キャンパスは、農学部の半数以上の専修で学生実習に利用されており、作業安全、作物栽培、生態調査などの方法が実地教育されています。また、当機構および農学生命科学研究科の教員ならびに学生・研究員の多様な研究に活用され、とくに持続的な植物生産、生物多様性や環境に配慮した農業生態系管理、環境変動に対応した作物栽培技術、フィールドからの効率的なデータ収集・解析技術など、世界的な重要課題の解決に向けた研究に力を入れています。


現代の農業では地域との共生が不可欠です。田無キャンパスの教育・研究活動は、多くの地域住民や市民との連携によって支えられています。農業生産と環境の両立や食の安全・安心の確保といった課題は、農学研究者のみで解決できるものではなく、消費者や社会が農学にどのような期待を抱いているか、よく見極めることが必要です。幸いにして、同フィールドには、わが国有数の品種数を誇る花ハスのコレクションや、農業や農機具の歴史を垣間見ることのできる農場博物館での展示など、地域の力をお借りして価値を高めてゆきたい資源がたくさんあります。田無キャンパスが大都市に隣接し、社会とのコミュニケーションが容易であるという利点を十分に生かして、教育・研究を展開してゆきたいと考えています。


いま、田無キャンパスでは、東京都による都市計画道路の建設と並行して、キャンパスの再整備が進み、温室群や果樹園の整備に続き、新しい総合研究棟での教育・研究活動が始まろうとしています。田無キャンパスの様子は刻一刻と変わりつつあります。キャンパス整備は水田整備を含め、もうしばらく続きますが、整備期間中も教育・研究を停滞させずに進めるとともに、新しいキャンパスで飛躍的に充実した教育・研究の環境が実現するよう、最大限の努力をしますので、ご理解くださるようお願いします。


最後になりますが、2020年に始まった新型コロナウイルスによる未曽有の災禍の中、すべての組織・体制がニューノーマルライフの在り方を模索することになりました。この状況はしばらく続くという予想もあります。当機構におきましても、野外における対面の教育実習の場としての役割も担っており、可能な限りオンライン化を積極的に取り入れながら、その上で、しっかりと感染防止対策を取りつつ、積極的に、教育・研究活動を進めていく所存であります。


当機構の運営や教育・研究について、関係の皆様から忌憚のないご意見をいただければ幸いです。


2021年4月1日

東京大学 大学院農学生命科学研究科 附属生態調和農学機構 機構長
井澤 毅